少し前、香港から一通のご連絡をいただきました。

 

送り主は、香港癌症基金會(Hong Kong Cancer Fund)のご担当者さま。

 

そこには、伝筆を学ばれた一人の患者さんについて書かれていました。

 

その方は、病気と向き合いながら、香港で活躍されている伝筆先生のもとで伝筆を楽しみ、多くの作品を描いてこられたそうです。

 

 

一般社団法人伝筆協会代表理事の侑季蒼葉です。

 

大切な娘さんへ想いを残す

 

しかし残念ながら病状が悪化し、人生の終わりが近づいているとのことでした。

 

そして、ご本人とご家族は、その方がこれまで描いてきた作品を一冊の作品集としてまとめたいと考えているというご相談でした。

 

その作品集は、他の患者さんやご家族を励ますために。

 

そして何より、大切な娘さんへ想いを残すために。

 

そんなお話でした。

 

一冊の作品集に込められた願い

 

後日、完成した作品集の写真を送っていただきました。

 

表紙には、「楽在筆中」という文字。

 

 

直訳すると、「書くことの中に楽しみがある」という意味です。

 

病気と向き合う日々の中でも、伝筆を書く時間が方さんにとって喜びの時間だったことが伝わってきます。

 

作品集をめくると、そこには人生の中で見つけた大切な言葉が並んでいました。

 

 

「永遠幸福(永遠の幸せ)」

 

 

「喜び楽しむ心こそ、本当の豊かさ」「聖霊の実」

 

どの言葉からも、残された時間を悲しみだけで過ごしたのではなく、人生の中にある幸せや感謝を見つめ続けた姿勢が感じられました。

 

窓の外の世界はとても広く美しい

 

以前、香港癌症基金會の担当者の方から見せていただいた作品の中に、こんな言葉がありました。

 

「窓の外の世界はとても広く美しい」

 

 

病気によって自由に外出することが難しくなっていたはずの方さんが書いた言葉です。

 

窓の外を見つめながら、世界の美しさを感じ、その気持ちを言葉にして残していたのでしょう。

 

その作品を見た時、私は胸が熱くなりました。

 

人生には、自分の思うように動けなくなる時があります。

 

けれど、見える景色が小さくなったとしても、心の世界まで小さくなるわけではない。

 

そんなことを教えていただいた気がしました。

 

自分を照らし、他人を温める光になる

 

もう一つ、心に残った作品があります。

 

「自分を照らし、他人を温める光になる」

 

 

病気と向き合っているご本人が書かれた言葉です。

 

苦しい時ほど、人は自分のことで精一杯になるものです。

 

それでも方さんは、誰かを励ましたい。

 

誰かの力になりたい。

 

そんな願いを持ち続けていました。

 

だからこそ作品集も、自分のためだけではなく、他の患者さんやご家族への贈りものとして作られたのだと思います。

 

母として娘に残したかったこと

 

作品集の中には、「母親として」というページがありました。

 

 

そこには、子どもに必要なのは完璧な母親ではなく、幸せな母親であること。

 

そして、手放せる母親だからこそ、子どもは自立していく。

 

そんな気づきが綴られていました。

 

病気によって、これまで当たり前にできていたことができなくなる。

 

それはきっと苦しいことだったと思います。

 

けれど方さんは、失ったものではなく、その経験から見つけた大切な真実を娘さんへ残そうとしました。

 

それは財産ではなく、人生の智慧でした。

 

人生の最後に残したかったもの

 

人生の終わりが近づいた時、人は何を残したくなるのでしょうか。

 

お金でしょうか。

 

地位でしょうか。

 

財産でしょうか。

 

もちろん、それらも大切です。

 

けれど今回の出来事を通して感じたのは、人が本当に残したいものは、「想い」なのかもしれないということです。

 

方さんは、自分が大切にしてきた言葉を残しました。

 

自分が感じた幸せを残しました。

 

自分が人生から学んだことを残しました。

 

そして、娘さんへの愛を残しました。

 

伝筆は紙とペンがあれば描くことができます。

 

けれど実際に残るのは文字だけではありません。

 

その人がどんな人生を生き、何を大切にし、誰を愛していたのか。

 

そんな目に見えないものが、言葉とともに残っていくのです。

 

方さんからいただいた贈りもの

 

その後、ご家族からご連絡をいただきました。

 

方さんは旅立たれたとのことでした。

 

そして完成した作品集を、伝筆協会にも贈りたいというお気持ちを残してくださったそうです。

 

今、その作品集は私たちの手元にあります。

 

 

 

ページをめくるたびに、そこには方さんの人生があり、娘さんへの愛があり、周りの人への感謝がありました。

 

伝筆を通して出会えたこと。

 

作品を見せていただけたこと。

 

そして人生の大切な時間に、ほんの少しでも関わらせていただけたこと。

 

心から感謝しています。

 

ella先生が心を込めて描いた表紙

 

方さんは、香港で大活躍されているella先生のもとで伝筆を学ばれました。

 

表紙はella先生が心を込めて描いたものです。

 

 

序文を日本語に訳しましたので、どうぞご覧ください。

 

 

 

秀雲(シュウウン)は幼い頃から文学と芸術の創作を愛し、若い頃には短編小説の執筆で文学賞を受賞しました。

 

その後は教育界に身を置き、仕事や家庭に尽くしながらも、創作への情熱を持ち続けていました。

 

2022年末、がんと診断されます。

 

積極的な治療を受ける一方で、彼女は日本語を学び始め、花や草木を描き続け、伝筆やyumelogo、Art 等の芸術を学びながら、心を豊かに保ちました。

 

秀雲は作品『人生三事』の中で、「今を生きること」 「すべての出来事に感謝すること」という精神を表現しています。

 

この芸術表現は、彼女が人生のさまざまな出来事から得た気づきや思いを記録するのに、とてもふさわしいものでした。

 

正規の絵画や書道を学んだことはありませんでしたが、小さな紙片に願いを込め、文字で思いを伝え、心で心を伝えながら、人生への前向きな気持ちを周囲へ届け続けました。

 

入院中も筆記用具を持ち歩き、時間を見つけては作品を書き、家族や友人へ贈りました。

 

作品を受け取った人は皆、その温かな心に触れたのです。

 

香港癌症基金会「心願美滿」プロジェクトの支援により、本作品集を刊行します。

 

また、ella先生が心を込めて表紙を描いてくださり、師弟の友情と芸術の継承の物語を表現してくださいました。

 

短編小説、伝筆作品、そして彼女の人生そのもの。

 

秀雲は常に「小さなもの」の中にある「大きな愛」を通して、人々へ最も真摯な思いを伝えてきました。

 

作品『大愛』

 

私たちが足元にある幸せに気づけるように。

 

小さな女の子の目で、

 

この世界の美しさを見つめてみよう。

 

―― 劉惠強

 

人生を言葉として残す文化

 

方さんが残してくださった作品と言葉は、これからも多くの人の心を照らし続けることでしょう。

 

 

 

※本に掲載されている作品が、栞に

 

伝筆は、字を上手に書く技術ではありません。

 

人生を言葉として残す文化です。

 

方さんは、そのことを私たちに教えてくださいました。

 

方さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

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